小さな物語(残念な家族)


日常の中にドラマがある。
その一瞬を切り取って、小さな小さな物語を妄想する。
その妄想を文字に起こした短い短い物語。



残念な家族



多美子は、以前父親に訊ねたことがある。
「どうして多美子って名前にしたの?」
「えっ、なんでかなあ」
「パパがつけてくれたんじゃないの?」
「パパが考えたんだよ」
「じゃあ教えてよ」
パパは、最初に女の子がほしかったらしい。だから100個ぐらい女の子の名前を考えていたと言っていた。ところが、気に入った名前を100個も考えたものだから、その中からなかなか選ぶことができないでいた。
そうこうしているうちに、とうとう役所に届けなければいけない最後の日を迎えてしまった。
「ねえ、まだ決められないの?」と、ママが心配そうに尋ねた。
「ああ、3つぐらいにまで絞ってはいるんだけれど」
「今日中に届けないといけないのよ」
「わかってるよ。でも、君ががんばって産んでくれた子だから、最高の名前をつけてやりたいんだ」
パパは、この日、役所に届けを出すために会社を休んでいた。それほど多美子のことを一番に考えてくれていた。
昼過ぎになって、ようやく「かおり」「玲奈」「多美子」の3つの中から一つの名前を選んだ。
「かおり」は、音の響きがきれいで優しい。ひらがなにすることで柔らかい感じがして、ひとから愛されやすい感じを受ける。
「麗奈(レナ)」は、これからのグローバルな世界で生きていくために、世界で通用する名前をと考えた。麗しいという文字が雅を感じさせ、なおかつ自立した美しい女性をイメージさせる。
「多美子」は、日本的で、どことなく清楚な感じを受ける。それに子が付く名前が少なくなってきているこの頃では、他人と被ることは少ない。古いのに、逆に現代においては一番オリジナリティーを感じさせる名前だ。
パパがこの中から選んだのは、もちろん「多美子」だ。決め手はやはりオリジナリティーだ。わが娘には唯一無二の名前を授けたい。まさに親心の結果だといえる。

多美子の家族は4人。
パパ、ママ、多美子、そして2つ下の妹”かおり”だ。そう、多美子が生まれた時に考えた名前の一つだ。
だが、パパが言うには適当につけたわけではない。一生懸命考えた挙句、結局たどり着いた結論が、パパが良いと思う2番目の名前だったというわけだ。あの時、精魂傾けて考えたため、それ以上のものは出てこないのは当たり前だ、そうパパは言い訳していた。
ママは、パパを心から愛していた。だから、こんなパパの言動も笑って受け入れた。どこか憎めないパパと、おおらかなママ。そんな二人の愛情を一杯受けて育ったかわいい仲良し姉妹。どこから見ても非の打ちどころのない素晴らしい家族だった。

パパは、新型コロナウイルスの影響で学校や幼稚園が休校・休園となって、春休み中ずっと家の中で過ごしてきた娘たちを不憫に思い、外に連れ出すことにした。
高速道路に併設する道の駅には、小さな遊園地や温泉浴場、有名店の入ったフードコートや土産物店、地元の野菜を売る朝市などが入った本館などの施設があった。
本館以外は閉鎖されていたが、その日は陽気が良く気持ちの良い日になり、家族で出かけてきてよかったと思われた。
フードコートで、有名店のラーメンを食べた。世の中は新型コロナウイルスで騒いでいるというのに、ここはそんなことを微塵も感じさせないほど賑わっていた。
なるべく隣が空いている席を探して陣取ったにもかかわらず、すぐに空席がなくなるほどの盛況ぶりで、ウイルスなんてどこ吹く風といった具合であった。
外気はまだ3月下旬だというのに20度を超えていた。食後は甘党のパパに誘われて有名店のアイスクリームを食べた。4種類の味を買って、いつものように4人で少しずつ味わった。
幸せいっぱいの家族の中にはウイルスはいない、いるはずがないと、家族みなが妙に確信していた。

それから一週間後。妹の小学校入学を控えた日曜日の正午、パパが得意のカルボナーラを作ってくれることになった。優しいパパは、会社が休みの日にいつもママや子供たちのために得意なパスタ料理を作ってくれた。
パパが一人暮らしをしていた時、安価で、簡単で、美味しいパスタを作ってよく食べていたそうで、自然とこれだけは腕を上げ、自慢料理になったそうだ。

キッチンでパスタを茹でていた時、急にパパの姿が消えた。多美子は、パパがいつものようにふざけているのだと思った。
「ママ、パパったらまた隠れてるよ」
「パパ、ふざけてるとパスタがのびるでしょ」
すると少し間を開けて、
「ああ」というちからないパパの声が返ってきた。
いつもと違うパパの様子に、多美子は不安を感じて、テレビの前のソファから立ち上がってキッチンに回り込んだ。
パパは食洗器にもたれかかって、腕の中に頭をうずめていた。
「ママ!たいへん。パパが・・」
どうしたのと、ママとかおりがパパに駆け寄った。ママはパパの額に手を添えた。
「たいへん、熱があるわ」
そう言って、パパを支えるように立ち上がらせソファに寝かせた。
「多美子。冷蔵庫から氷を出して」そう言いながら、ママはパパのわきの下にそっと体温計を滑り込ませた。
37度5分あった。
「風邪かしら」そう言いながら、ママの顔は少し不安そうだった。この時、ママの頭の中には新型コロナウイルスの不安がよぎっていたに違いない。
ママは、わたしたちに2階の子供部屋に行っているように告げた。このときから家の中でもマスクをするようになった。
パパは1階の寝室に閉じ込められた。多美子たちにはその部屋に入らないようにとママは言った。パパの熱はなかなか下がらなかった。熱が出た次の日、ママはパパの会社に電話で、子供が怪我をして面倒をみないといけないので数日休ませてほしいと嘘をついた。

パパの熱が出て5日目、ママは私たちを家に残してパパを病院に連れて行った。
夕方になってママから多美子の子供携帯に電話が入った。
「多美子、ごめんね。パパとママ、すぐに病院から帰れなくなったから、別のおじさんがあなたたちを迎えに行くことになったのよ。しばらくパパとママがいる病院で一緒にいることになるから、今からママが言うものをカバンに入れて、迎えに行ったおじさんたちと一緒にここに来てくれる。多美子、ごめんね。それから、出るときに玄関に置いてある鍵でドアをしめてきてね。本当にごめんね。わからなかったら、この携帯に電話していいからね。ごめんね」
ママのごめんねを一度にこんなに聞いたことがなかった。それだけで尋常でないことを多美子は子どもながらに悟っていた。

30分後に、変な服装の知らないおじさんが二人来た。多美子たちは車に乗せられて、パパとママのいる病院に向かった。
多美子は、ママに言われた荷物の入った大きなバッグを膝の上に抱え、震える左手をかおりの肩にかけてそっと引き寄せた。何が起こっているのか、3年生になった多美子には薄々わかっていた。

多美子は、見慣れた景色から遠ざかっていく車の中で、二度とここには戻れないような言い知れない不安に襲われていた。


・・すべてのひと、すべての家族が新型コロナウイルスに侵されないようにと、願いを込めて書きました。目に見えぬのに、奴らはすぐそばにいます。いま、少しの油断が思いがけない結果を招くことになります。ひとりひとりの自重が求められます。そして子供たちを守り抜くのは大人のつとめです。みなさんのもとに、そしてわたしの周りにも、はやく平穏な日々が訪れますように。今まさにウイルスと闘っておられる皆様には、一日も早い回復をお祈りいたします・・


※タイトルの残念な家族」というのは、この家族が残念な人たちだということではなく、良かれと思ってしたことが残念な結末を招いてしまった家族の物語という意味を込めて付したものです。



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